2017年、ケロッグ経営大学院ファミリービジネスセンター(Center for Family Enterprises:略称KCFE)所長、 ジャスティン・クレイグ教授(Justin Craig)が、日本に初来日した。
ケロッグ卒業生のファミリー企業関係者に対してミニレクチャーを開催し、さらに、デロイト トーマツ フィナンシャルアドバイザリー合同会社とケロッグ経営大学院KCFE(Center for Family Enterprises)、そしてKCJ (Kellogg Club of Japan)共催の「創業家におけるリーダーシップ」に登壇した。
第1回目では、クレイグ教授から学んだファミリービジネスを成功に導くリーダーシップやそのフレームワークの前半を紹介した。第2回目では、フレームワークの後半と、実際にファミリービジネスを行っている2つの実例を紹介しよう。
(第1回はこちら)
4. サーバント・リーダーシップとスキル(「Cスイート」&「Fスイート」)のマインドセット
クレイグ教授は、続いて、ファミリービジネスに必要なリーダーシップのタイプについて解説した。
「変革的リーダーや、取引型リーダーなどいろいろありますが、ファミリービジネスのリーダーを表現するのに最も良い言葉は、サーバント型(奉仕型)リーダーではないかと思います。『もし、奉仕をするということを軽視するなら、リーダーシップは手の届かないところにある』という言葉もあるくらいです。」
「CEO、CIO、CMOといった肩書の冒頭にCがつく人を『Cスイート』と呼びます。ファミリービジネスにおいても、才能のある『Cスイート』のスキルを持った人が必要です。『Cスイート』のスキルとは、MBAで培ったような、企業に成長や利益をもたらす能力です。
さらに、ファミリービジネスのリーダーには、創業家出身でなくても、『Fスイート』のマインドセット(考え方)が不可欠です。『Fスイート』のマインドセットとは、そのファミリー企業に特有な事柄や理念や価値観、代々承継しているもの、志や目標などを理解する心構えです。
ですので、CEO(経営者)を外部から招聘する場合は、能力や専門知識に優れていると共に、そのファミリービジネスの価値観に賛同し、信頼でき、相性が良い人物を探す必要があるのです。」
5. 4つの学びのプロセスー「4L」とは?
クレイグ教授は、選ばれたリーダーとしてどのように学んでいくべきか、あるいは、次世代のリーダーへどのように引き継ぐべきかを説明するため、十字の入った円を描き、以下のような4つの区分に分けて語った。
スキルセットを上げる「4L」:
● L1:Learn Business=ビジネスについて学ぶ
● L2: Learn our Family Business=ファミリービジネス特有の事象を学ぶ
● L3:Learn to Lead=リーダーとしての在り方を学ぶ
● L4:Lean to Let go=リーダーの引退について学ぶ
「この円の中のどこかに、皆さんはいます。
L1: まず、リーダーとして見習いの段階。ここでは、ビジネスそのものについて学びます。
L2: 次に、自分のファミリービジネスについて学ぶという段階を経ていきます。
L3: さらにビジネスを進めるためのリーダーとしてのあり方を学ぶ段階を経て、
L4: 最後に、次世代に座を空け渡す(=引退)という事を学ばなければいけないわけです。
「次世代への事業承継は、先代と同じやり方を引き継ぐということではありません。前の世代で上手くいったことが、今の世代でも上手くいくとは限らない。なぜなら、競合他社や、技術、さらに人口特性などの市場環境は常に変化しているからです。
よって、時代に合わせて変革することが重要であり、常に新しいやり方に挑戦しながら、ビジネスの核となる企業の理念を承継していく必要があるのです。」
6. 2つのファミリービジネス事例から学ぶ
グレイグ教授の話を、ファミリービジネスに関わっていない人にも分かり易く理解いただくため、実際にファミリービジネスを行っている2つの実例を紹介しよう。400年続く酒蔵・酒屋の後継者として、業態改革で成功させた大津屋と、福岡県で老舗百貨店を展開してきた株式会社 岩田屋だ。
■大津屋―400年続いた事業形態を転換―「ダイニングコンビニ」へ
小川明彦氏は、慶応大学卒業後、福井県にて、当時年商7000万円であった家業の酒屋を継いだ。当時、約400年続いた酒造業を廃業し、酒販店に業態を変えたところだった。事業を継いですぐに、この事業に将来性がないと危機を感じた小川氏は、わずか2年で、福井県初のコンビニエンス・ストアに業態を変えてしまった。
そして、まもなく、セブンイレブンやローソンといった大手が福井県にも進出してきた。小川氏は、大手との差別化をはかりながら、採算ではなく、「お客様にとっておいしいものは何か?」を探し続けた。その結果、コンビニ内に、手作りの弁当や総菜を販売し、飲食コーナーを一体化した新業態「オレボステーション」となった。銀行など、周囲からは絶対に成功しないと言われたそうだが、小川氏は新業態に賭けて突き進み、やがて軌道に乗せた。その大胆な変革はテレビ「カンブリア宮殿」でも取り上げられる程の成功をおさめた。
大津屋は、時代と環境の変化に合わせて、酒造業、酒類卸業、酒類小売販売業、コンビニエンスストア事業、中食事業、複合型の「ダイニングコンビニ」事業と、かたちを変えながら、事業を承継した好例である。小川氏は、現在、娘婿へ事業を承継するべく、リーダー育成の「10年計画」を策定して、グレイグ教授の言うL1からL4を実践している最中である。
■岩田屋―撤退という選択
岩田屋の元代表取締役 中牟田健一氏は、ケロッグ経営大学院を1973年に卒業後、ソニーで5年働いた後、家業の岩田屋を継いだ。
岩田屋は、福岡で1754年創業の黒田藩御用達の呉服商人としてスタートし、1911年に、百貨店に業態を転化した。ピーク時には、子会社40社、約2300億円もの売り上げを誇る大企業に成長していた。ところが、中牟田氏が事業を継いでみると、その内情に愕然としたそうだ。
当時、あまりに急激な事業拡大のため、マネジメントに不慣れの人物が重要なポジションについてしまっていた。そのため、無意味な会議が繰り返され、決算書の数字は粉飾されていたのだ。
見過ごせない問題として、中牟田氏は指摘したが、「もうすぐ定年ですから、粉飾を法廷に出すのはその後にしてください」、「いちいち口を出さず、黙ってここに座っていろ」などと言われる始末。ファミリービジネスの閉鎖的な悪い面が蓄積してしまった状態だった。
いろいろ改善策を試みたが、最終的に中牟田氏は解散を決意。私的整理を行い、中牟田ファミリーによる岩田屋は幕を閉じた。伊勢丹の傘下に入り、2010年より(株)岩田屋三越として新たなスタートを切り、現在、中牟田氏は、顧問として同社を支えている。
速やかな撤退が実現できた、その鍵は“コミュニケーション”にあったと中牟田氏は言う。日ごろから、祖父母や父親と密に情報を共有していたため、彼が解散という選択を表明したとき、誰ひとり異論を唱えなかったという。この決断は、ファミリービジネスにおける事業承継者の総意であったといえよう。
7. 日本のファミリービジネスのさらなる発展に向けて
最後に、ケロッグ経営大学院卒業生でもある奥村昭博氏(慶應義塾大学名誉教授)が、日本におけるファミリービジネスのさらなる発展を願って講演にて総括した言葉を紹介しよう。奥村教授は、ファミリービジネスを経営学の視点から研究するファミリービジネス学会や、ファミリービジネス研究所の設立に大きく貢献した人物である。
「世界有数のファミリービジネス大国である日本において、これからもっと『なぜ日本には1300年も続く店があるのだろか』とか『なぜファミリービジネスのほうが収益性が高いのか?』というような問いを投げかけ、皆で真剣に意見交換を行い、知恵にしていきたいと思います。
また、各ファミリービジネスに特有の『ソフトウェア』に注目すべきだと思います。『ソフトウェア』とは、各ファミリービジネスの柱となっているソウル(魂)やスピリット(精神)、バリュー(価値観)やフィロソフィー(理念)といったものです。ハードウェアは比較的簡単に委嘱できますが、ソフトウェアをきっちり作らないと、ファミリー事業はうまくいかない。今回クレイグ教授から、ファミリービジネスにおけるリーダーのマインドセットやスキルセットなどを学びましたが、皆さんには、ぜひこれらを活かして、各ファミリーに最適なソフトウェアを作って頂きたいと思います」
昨年、本ウェブで紹介した元永徹司氏(株式会社イクティス代表 / ケロッグMBA)の記事も、ファミリービジネスのコンサルタントしての経験や知見が紹介されており、示唆に富んでいるので合わせてご一読いただきたい。
(元永徹司氏インタビュー https://kelloggbiz.jp/interview/vol18/)
日本は世界有数のファミリービジネス王国。今後、ファミリービジネスの研究がますます活発になり、ケロッグの研究やコミュニティーが日本や世界のファミリービジネスのさらなる発展へ寄与することを願う。
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関連サイト
ケロッグ経営大学院 ジャスティン・クレイグ教授の紹介
http://www.kellogg.northwestern.edu/faculty/directory/craig_justin.aspx
KCFE(センターフォーファミリーエンタープライズ)について
http://www.kcfe.net/