今年、ショーン川上氏の学歴詐称が発覚し、ニュースとなった。メディアで見る好感度の高いトークや、高い学歴(MBA)や職歴などから、多くの人が偽りの人物像を信じてしまったのだ。情報化社会となった現代、どの情報が正しく、どれが虚偽なのかを見分けることがいかに困難かを象徴する事件だった。
一方、そうした時代においても、メディアやインターネットに情報をほとんど開示せず、自身の経験と知恵のみで事業を発展させ、成功している人もいる。そこで今回は、元永徹司さん(95年卒)にお話を伺うことにした。
元永さんは、現在、事業継承を専門とするコンサルティング会社、㈱イクティスの代表取締役である。同社は営業活動を全くせず、ウェブサイトもない。ご自身のFacebookを除けば、ネットでの情報はほぼ皆無。彼のプロとしての実情はほとんど知られていない。しかし、驚くことに、イクティスは、口コミや紹介だけで事業を展開し、今年で設立10周年を迎え、顧客には参天製薬や医療法人社団慶成会といった大手企業も名を連ねる。
本インタビューでは、元永さんの人物像に迫り、情報過多の現代において「アナログ」を貫きながら事業を軌道に乗せるコツというものがあるのかを解き明かしたい。
ケロッグ志望理由の決定打は、意外なものだった?
上質なジャケットと、丸いメガネがトレードマークの元永さん。東京や大阪などへの出張で多忙を極めているにもかかわらず、落ち着いた印象を崩さない。幼少期は、物理学者の父上のもと、クラシック音楽や本に囲まれた環境で過ごした。「僕はとにかく本ばかり読む子でした」という元永さん。なんと、大学入試の共通一次試験の国語では、全国最高得点をたたき出したそうだ。
東大法学部を卒業後は日本郵船へ入社。1987年~89年の2年間、ひとり北米物流研修生としてシカゴに駐在し、10か月で80フライトに搭乗、38州を訪れた。トヨタの工場をカナダに移転させるなど、ロジスティクス・マネジメントの経験も積んだ。この後、ケロッグ経営大学院へ留学したが、志望理由は意外なものだった。
「マーケティングやトランスポーテーションを学ぶことが目的でしたが、実は、それ以外にも理由があるんですね。仕事中に訪れたエバンストンという町は、その治安の良さ、住みやすさが気に入っていましたし、何よりも、近隣のシカゴ郊外で開催される『ラビニア・フェスティバル*』が魅力的だったのです。ケロッグに留学できたら、エバンストンに住めるし、夏休みは100日あるし、芝生に寝転んでシカゴ交響楽団の演奏を聞ける、なんて思ったんですよね(笑)
*イリノイ州 エバンストン市の魅力
*ラビニア・フェスティバル(Ravinia Festival)は、100年の歴史を持つ音楽祭。クラッシック、オペラ、ポップスなどを野外で楽しめる
ケロッグにはいろんな人が世界から集まっていました。ケロッグらしく、互いに競い合うのではなく、議論を重ねて、チームで協力し、プロジェクトを仕上げていく授業はおもしろかったです。また、ロジスティクス・マネジメントの授業では先生から『お前の専門だから、(代わりに)授業してみてくれ』と指名されて、講師をしたこともありますよ(笑)」
ラビニア・フェスティバルには行く機会がなかったという私に、「え~行ってないの~」と残念そうに驚く元永さん。英語も流暢で、ケロッグで多くを学び、授業に貢献した元永さんだが、「ラビニアでの音楽」が、ケロッグを選ぶ決定打であったようだ。
自分への問い ―「何を基軸にして生きていくか?」
「日本郵船での仕事は楽しかったのですが、次のキャリアとしてこのままで良いのか?と考え始めていました。そんな時、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)から声がかかり、当時の社長だった堀紘一氏直々に説得され、若気の至りで、じゃあやってみようかと無謀にも転職を決めました。
BCGに転職してからは、知的なチャレンジの連続で、充実してはいますが、時間や体力との戦いの日々でした。1プロジェクトにつき1人は入院したり、プレゼンの途中で倒れる人もいるくらい大変で、僕も、オフィスで仕事をしていると、突然、目の前が回り始めた経験があります。こんな状態が一生続いたら死んでしまうだろうな(笑)、なんて思いましたね。
こうして、経営コンサルタントとして実績を積む中、『自分は何を基軸にして生きていくのか」への答えが徐々に明確になってきました。一口にコンサルティング業務といっても多種多様です。自分は知識(Knowledge)やノウハウではなく、「知恵(Wisdom)」を売っていきたい、と考えるようになりました。
2002年12月、あるファミリービジネス企業に転職し、創業者を支援していた際に、事業継承やファミリービジネスといった分野の実務的な研究は、世の中にあまりないことに気づきました。そして、もし、その分野を追求すれば、困っている経営者の役に立てるのかもしれないと思ったのです。そうした中、縄文アソシエイツ㈱という、エグゼクティブを対象にしたヘッドハンティング会社から声がかかり、転職を決めました。同社が新規事業として社外取締役のサーチ業務を開始したタイミングであり、経営層の人事に関する実務経験が得られると考えたからです。」
「私の仕事は、経営者の視点に立ち、業界を超えて、クライアントにとって必要な人材を探し出すことでした。例えば、花王の会長を、リコーの社外取締役にご紹介したり、昭和シェル石油の会長を、おもちゃのメーカー、トミーへ推薦したりしました。2005年、僕は、日本で一番多くの社外取締役をご紹介したのではないかと思います。そして、2006年8月10日、事業継承コンサルティングを軸とした ㈱イクティスを設立しました。」
ビジネス哲学-知恵で生きる
多くのコンサルティング会社は、ウェブサイトに事業内容を詳細に記し、ブログを書いたり、セミナーを開催したりして、宣伝・集客していくのが一般的だ。ところがイクティスは宣伝活動どころか、営業活動すら行わず、紹介だけで設立後10周年を迎えるというから驚く。
「お金儲けを第一に考えて、宣伝活動をすれば売上は上がるでしょう。でもそれを優先させるのは、僕がやりたかった事ではないのです。まずはじっくりと仕事をして、事業継承という専門分野で顧客の力となり、実績を作っていけば、自然とご紹介いただけるものです。これが『知恵で生きる』ということだと思いました。」
経営コンサルタントの中には、データ分析や論理的思考に長けている反面、感情を持つ「人間」への理解や共感力に乏しい人もいる。元永さんの場合、何気ない会話でも、深く相手を洞察し、企業が抱える問題やニーズを本質的な次元で読み取っている。その結果、時には率直で厳しい指摘をすることもあるが、経験豊富な年配のオーナーや社長にも、自然に受け入れられるようだ。
「実は今でも、ヘッドハンターは天職だと思っています。残念ながら好きな仕事ではありませんでしたが。でも、人を見る目には自信がありますよ。」
元永さんの優しいまなざしの奥には、確かな自信が光ってみえた。
事業継承の現場 ~ある脱創業家のエピソード
大塚家具の後継者問題は記憶に新しい。親子の事業に対する考え方の違いから多くの軋轢を残した代表例だろう。同様の事例はないのか、元永さんに実際の現場について伺った。人間関係や欲、プライドが、経営戦略に深く影響を与えることが分かるエピソードをご紹介しよう。
「その会社(以後、A社)は、上場企業であり、二代目社長となられたのは創業社長の長男でした。事業も軌道にのっていましたし、社内人材も育ってきたので、彼は脱創業家を決断し、私に手伝ってほしいとご依頼をいただきました。
まずは取締役であった、現社長の弟さんに、(丁寧に事情を説明した上で)、監査役に転じて頂き、その後、A社から退いていただく段取りをしました。そして経営陣には、優秀な生え抜きの社員を選抜し、次世代の経営チームを順調に育成していきました。
ところが、ある日、創業社長の弟さん2名(現社長にとって叔父にあたる)が、高齢で引退していたにもかかわらず、脱創業家に猛反対してこられたのです。これには本当に驚きました。その弟さんたちの認識では、社員は「使用人」であり、A社は「家業」になっていたのです。説得を試みたのですが、さらにこじれてしまい、会社に乗り込んできて社長を難詰したり、社内の機密資料を外部に流したりとドロドロの事態へ。結局、社長の退任で終結するという結果となってしまいました。
事業継承は極めてセンシティブなものなので、少し間違うと、こじれてしまい収拾がつかない事態を招きます。そのことは十分にわかっていたのですけれど、この件の場合、叔父さんたちについての社長の判断を、鵜呑みにしてしまったのが敗因でした。そのような事にならないためにも、細かいステップでも気を抜かず、より周到な配慮が必要になります。」
ファミリービジネスの場合、親族同士の微妙で複雑な心情や方針の違い、利権などが絡み合い、対立してしまいやすい。だからこそ、客観的で冷静な判断が重要であり、豊富な経験と慧眼をもつ第三者的な立場のブレーンが必要なのだろう。
プライベートの楽しみは、音楽や少数言語
こうした人間関係の複雑な感情を理解した上で、事業継承をデザインし実行支援するのは、かなりの神経を消耗する作業だろう。ところが、元永さんにはそんな様子はなく、終始鷹揚で自分のペースを保っておられる印象だ。そんな元永さんの趣味について伺ってみた。
「私はクラッシック音楽が好きで、自分でもファゴット(バスーン)を演奏します。かつては教会のオーケストラに属して、ヘンデルメサイアや、バッハのカンタータを演奏していました。また、少数言語学習も趣味のひとつで、海外では現地の言葉でコミュニケーションを試みるのが楽しみです。メジャーなドイツ語とフランス語は、辞書を引きながら本を読めるレベル。現代ヘブライ語、インドネシア語、フィンランド語、トルコ語は、基本的な文法書を1冊仕上げ、5〜600語くらいの語彙を暗記しました。これくらいではたいして役には立ちませんが、現地の人たちには圧倒的にウケます。」
元永さんはメンタルコントロールがとても上手いと思う。頭脳と神経をフル回転させて仕事をこなし、プライベートでは好きな音楽で心を100%開放する。海外出張さえも現地語を取得して楽しみに変えている。こうしたオンとオフの切り替えは、仕事に追われがちなビジネスマンにとって簡単なようで、実はとても難しいことだ。
元永さんは、文化に精通した稀有な国際派ビジネスパーソンであり、ビジネスとプライベートが最適な形でブレンドされ、彼自身の魅力となって周囲を惹きつけている。イクティスが宣伝をせずとも、紹介だけでビジネスを成立させている所以は、元永さんという人物への信頼の証であろう。デジタル時代においても、ごまかしが通じない「リアルワールド」での生き方が、ブランド構築において、非常に重要だと感じた。
ファミリービジネスの成否は、日本経済にも大きな影響を持つ。元永さんの経験に基づいた事業継承の知恵を、より多くの企業に享受していただきたいと願う。
グローバル思考の人と組織の魅力を伝えるブランド・プロデュース会社
元永徹司(もとながてつじ) プロフィール
1960年生まれ
東京都出身
東京大学法学部卒
ノースウェスタン大学ケロッグ校 経営学修士(MBA)。
日本郵船株式会社、ボストンコンサルティンググループ(BCG)、縄文アソシエイツ等を経て、2006年に株式会社イクティスを開業。
事業継承を中心領域としつつ、企業理念結晶化、中期経営計画の策定、後継経営チーム育成等のコンサルティングを行っている。
一般社団法人ファミリービジネス研究所 代表理事。