ケロッグ経営大学院の改革に学ぶ
(4) 長期にわたる改革者ジェイコブス
鳥山正博立命館大学 経営大学院教授
本連載では、米国でDean of Deans(ディーンの中のディーン)と呼ばれたケロッグ経営大学院の名ディーン、ドン・ジェイコブスを紹介するとともに、ケロッグ校の改革の軌跡を追う。最終回は、経営者としてのドン・ジェイコブスの行動を取り上げる。
※本記事は、2015年9月にDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューのウェブサイトに掲載されたコラムを転載したものです。
エグゼクティブプログラムの財務的なスキーム
エグゼクティブ教育を立ち上げるにあたっては財務的な面でも見事な仕組みを作っている。
仮に、エグゼクティブ教育のマーケティング分野の特定テーマのオープンプログラムをある教授が設計すると、この教授がアカデミックディレクターとなって、他の教授陣を巻き込んでチーム組成をすることになる。
その時、収入(授業料x参加人数)から経費(アレンセンターでの諸経費+授業を持つ先生への支払い+アカデミックディレクターになった人のフィー)を引いたものが利益になるが、この利益をアレンセンターとマーケティング部門で折半する仕組みにしたのだ。
そのため、この利益が、マーケティング部門に入るので組織的にもエグゼクティブプログラムの提供が奨励されることになる。マーケティング部門では、事務スタッフを雇ったり、新しいコンピュータを買ったりするのに使えるので基本的にはエグゼクティブプログラムは歓迎なのだ。
一方、講義した教員も教えた時間数に応じて支払われ、1日で数十万円のプラスαの収入になるので結構やる気になったようだ。また、アカデミックディレクターもプログラムの日数に応じて相応のフィーがもらえ、さらに講義も担当していたらその分ももらえる、という金銭上のインセンティブがうまく組み込まれている。
これが成り立つのも高額な授業料をチャージできているからであり、その高額な授業料でも履修人数を集めることができるような魅力的なプログラム開発をするインセンティブが埋め込まれているのだ。また、その実績が本来のMBAの教授としての評価につながることもあり「このテーマは今まさにホットなので行ける!」というテーマ決めると、それをどの教員を巻き込んで提供するか、どんなカリキュラムにすれば魅力も満足度も上がるか、ということに教授たちが頭を使いたくなる仕組みを作ったということである。
ジェイコブスの経営者としてのスタイル
さて、好循環の大学経営の設計をしたジェイコブスの経営スタイルはいかなるものだったか。有言実行、スピーディな意思決定、正直・誠実、専門家の尊重といったキーワードで語ることができる。
ジェイコブスはディーンに就任した時に「ケロッグをナンバーワンのビジネススクールにする」と学校の関係者やアドバイザーの皆に大宣言したが、関係者のみならずスタッフにまで嗤われたというエピソードが有名である。しかし、この連載で紹介してきた通り、彼には自ら掲げたビジョンを実現させるための洞察力と知恵があった。さらにこれを長期間にわたって手を緩めずに進める粘り強さも持ち合わせているから実現できたのだ。
経営スタイルということでは、スピーディな意思決定がジェイコブスのやり方である。「ジェイコブスのマネジメント下では、必要ならばかならず何事も1年以内で実現/実行される、というスピード感があった」と当時のケロッグのスタッフは振り返る。実際、即座の決断力を示すエピソードには事欠かない。
次に挙げたいのは、自分がやったことでも他人がやったことでも「あれは失敗だった」と正直に評価し、話すところである。印象的であったのは、実務家中心時代からの脱却の頃の話だ。
条件を満たしていないので辞めてもらった人の中にも、非常に優れた人もいた。この人は、辞めた後、大化けしてベストセラーを連発する教授となったが、ジェイコブスは、「辞めさせたのは失敗だった」とストレートに語るのだ。昨年11月に来日して講演した時も自分が十分に知り得ないことについては「それはわからない」と素っ気ないほどストレートに話す。この正直さこそが、人格的な誠実の表れであり、周りを魅了し、彼に頼まれたら断れない人の輪ができて行ったのだ。
ケロッグの名を冠することになったのは1979年にジョンL. ケロッグ夫妻からの1000万ドルの寄付を受けたことに依るが、ほかにも多くの寄付により、ビジネススクールというのは成り立っている。ジェイコブス時代には相当額の寄付が集まったというが、それは彼の人格、誠実さがあったからこそであろう。
また、自分が必ずしも専門家でないことについては専門家を信頼して耳を貸し咀嚼し、自分の判断とし、一旦それで決めるとブレずに実行する。コンサルタントのアレン氏(ブーズ・アレン・アンドハミルトンのファウンダーの一人)の、これからはもはや学部教育の時代ではないという分析をベースに、学部教育から撤退を決めた(まだディーンになる前だが)のもその一例と言えるし、組織行動論の教員の提言に従い、チームアプローチを開始したのも一例である。
ジェイコブスの改革を俯瞰して見えてくること
このように見てくると、ジェイコブスの判断力と意思決定力は結果的には非常に優れていたということになる。面白いのは、彼が行ったチームアプローチ、入試施策、教授人事、組織文化といった組織行動論的な施策で、市場における勝利というマーケティング的なメリットを生み出したが、ジェイコブス自身はファイナンスの先生であることである。教員である以上に経営者だったということだろう。
もう一つ特筆すべきは、この変革の根幹には実はアカデミズムに対する篤い信頼があったことだ。実務家はその時代のビジネスについては詳しいが、将来を見通すためにはアカデミックな知見が必要である。これがジェイコブスの基本的な考え方である。それは米国企業の組織構造変化やチームアプローチの論拠がアカデミックな研究だったことに端的に現れている。また、優れた若い教員を雇い入れるという時に彼はすぐれた数学者、経済学者、心理学者等の若手の学者を雇い入れ、彼らに現実の問題に直面させ、深く考えさせるという手法にも現れている。
ジェイコブスが行ってきたことは果敢な意思決定とブレない実行ではあるが、あらためて整理してみると、一石二鳥と好循環を生み出すことを戦略の要諦としていると思われる。これが先述の洞察力の具体的な「姿」である。
アレンセンターでの評価が高い人を残すことで、切れ者の学者の中でも、百戦錬磨の経営者に評価されるような教員が残るようにして、MBA教育の質を上げる一方、エグゼクティブプログラムの新しいプログラムを共同開発することで、教員間のコラボ作業を促し、新しい時代の新しい教育の種をコンスタントに生み出す。
エグゼクティブプログラムを強化することで、シカゴ財界にケロッグのファンを増やし、若いMBAの就職が良くなり、人気が上がる。
入試委員会への学生の参加と候補者全員面接で点数だけの秀才よりもリーダーシップも兼ね備えた学生を選び、さらにチームアプローチで教育することにより、現代の企業のニーズに応えて人気が上がる。
いずれも一石二鳥・一石三鳥の策でありしかも好循環を生み出し、長期政権であったからこそ、その好循環の果実を享受できたのである。まさにディーンの中のディーンである。
著者プロフィール
立命館大学 経営大学院教授
[専門分野] マーケティング戦略、マーケティングリサーチ、
エージェントベースシミュレーション
[主な経歴・業績]
国際基督教大学卒(1983)、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA(1988)、 東京工業大学大学院修了、工学博士(2009)。
1983より2011まで株式会社野村総合研究所にて経営コンサルティングに従事
業種は製薬・自動車・小売・メディア・エンタテインメント・通信・金融等と幅広く、マーケティング戦略・組織を中心にコンサルテーションを行う。とりわけテクノロジーベースのマーケティングイノベーションと新マーケティングリサーチインフラの構築が関心領域。マーケティングリサーチ・メディア・小売領域でビジネスモデル特許出願多数。社団法人日本マーケティング協会のマーケティングサイエンス研究会のコーディネーター。市場調査会社・テキストマイニングベンチャー等数社の顧問
『社内起業成長戦略』(マグロウヒル 2010 監訳)「企業内ネットワークとパフォーマンス」(博論 2009 社会情報学会博士論文奨励賞) 「エージェントシミュレーションを用いた組織構造最適化の研究 : スキーマ認識モデル」(電子情報通信学会誌 2009)「Pareto law of the Expenditure of a Person in Convenience Stores」(Physica A 2008)「電子メールログからの企業内コミュニケーション構造の抽出」(組織科学 2007) 「広告メディア激動の近未来」(知的資産創造 2007)
「技術革新と流通業の進化」(知的資産創造 2005)「日本の流通組織の生産性」(組織科学 1993)ほか。
[関連サイト]
立命館大学 経営大学院
http://www.ritsumei.ac.jp/mba/
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