ケロッグ経営大学院の改革に学ぶ
(3) ケロッグスクールは、卒業生・在校生が入学者を選ぶ?
鳥山正博立命館大学 経営大学院教授
本連載では、米国でDean of Deans(ディーンの中のディーン)と呼ばれたケロッグ経営大学院の名ディーン、ドン・ジェイコブスを紹介するとともに、ケロッグ校の改革の軌跡を追う。第3回は、学生を集める大胆な取り組みについて。
※本記事は、2015年9月にDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューのウェブサイトに掲載されたコラムを転載したものです。
リーダーシップとチームアプローチ
あるとき、組織行動論の教員が「今我々がやっている教育ではこれからの働き方の変化に対応できない。ピラミッド式でなくチーム方式のウェイトをどんどん増していかねばならない」とジェイコブスに進言したという。
前回の脱ケースメソッドでも述べたが、当時、未来の企業組織は強固なピラミッド組織から、よりフラットでカジュアルな組織に変遷すると考えられていた。これによって、内外のメンバーらとチームで働くことが多くなるという大きな変化が見込まれ、必要とされるリーダーシップのあり方も変わってくる。リーダーシップとは,いま自分が何かをしなければならないと思ったとき,自らの旗を掲げ,周囲に働きかけていくことである。ピラミッド式組織ではリーダーはトップに1人いれば良いが、チーム中心の組織では、どの階層やグループにもリーダーシップが求められるのである。
現在から考えると当然の変化だが、1970年代に、このチーム中心の組織の話を聞いて確信し、教育方法から入試までの一連の変革を行ったジェイコブスの先見性には舌をまく。
では、どのようにして新しいリーダーシップを育てる教育を実現したのか。そのためには、あらゆる施策が首尾一貫していなければならなかった。個人同士の競争だったケースメソッドをチームで競わせる方式に変え、あらゆる課外活動でのリーダーシップを賞賛して奨励し、入試方法も変えた。
チームアプローチの教育法
従来のケースメソッドでは、効率的な予習のためにグループで準備することが奨励されるが、点数になるのは個人の発言である。90分の中で良い発言をすれば点が与えられる。試験はケースの分析と提言だが、これも個人の勝負である。これを繰り返すことで意思決定力と説得力に優れたピラミッド組織に最適な経営人を輩出する。
一方、ケロッグでは同じケースを用いながらも、毎週グループで書くケースライトアップというレポートで採点され、グループは全員同じ点を貰う。これを繰り返す中で、どんな人と組んでも成果を出すことを学ぶ。すなわち、「異なる力を持った人それぞれにいかにその強みを発揮してもらうか」、「異なる価値観やバックグラウンドを持つ人をいかにモチベートするか」、「いかに一つの方向にまとめ上げるか」、ということを身につける。一度グループを組んで信頼関係を築いた人間とは自然と別のクラスでもグループを組み、新しいメンバーも加えて信頼関係の輪が広がってゆく。
入学試験の改革
ジェイコブスは当時を振り返って以下のように語る。
「点数の高い学生が必ずしも優れた経営者になるとは限らないし、良い学生になるとも限らない。そこで、どんな基準を満たした受験生が在学中に良い成績を収め結果的に良い就職をするのか、入学させる基準に関して検証を行った。GMATの点数なのか、学部時代の成績なのか、あるいは、学部時代の課外活動、推薦状なのか…。その結果、『一匹狼か、チームプレーヤーか』、『自分のために動いているか、人や社会のために動いているか』、というようなことが一番大事だと分かった。
そして、入試のときにそれを見るのには面接が最も有効だと分かった。しかし、問題はどうやって世界中にいる5000〜6000人もの人々を面接するかだ。そこで、ケロッグでは何が重視されるかよくわかっている世界中の卒業生の面接を受けることを義務付けることにした。当時、他校のディーンには『卒業生の判断なんかを信じるのか』と訝られたが、自信を持って『自分たちの卒業生を信じられなくてどうする』って答えていた。」
入試はGMATの試験、学部時代の成績、推薦状、そして10ページにも及ぶアプリケーションフォームへの回答文、卒業生面接結果の総合判断だが、膨大な量を読んで判断しなければならず、入試倍率が10倍ともなるとスタッフと教員だけではとても手がまわらない。他校では点数で足切りをしていたが、それではリーダーシップがある将来有望な優れた経営者の卵を落とすことになると考え、学生を入試委員会に登用することで評価する側の人数を大幅に増やし、手間をかけてしっかりと評価するようにした。
毎年卒業していなくなる学生を入試委員会に入れても選考基準を徹底するのは難しいのではないかという疑問があるかもしれない。しかし彼らには極めて確固とした基準が存在している。「この人とチームを組みたいか?」である。
もちろん頭の悪い人と組むとえらく苦労するので、頭が良いに越したことは無いが、それと同じくらい重要なのが、人間性が優れていることである。つまり、約束を守る人、正直な人、努力する人、話が通じる人、楽しい人、前向きな人、自発的に動く人、自ら率先して手を動かす人、骨惜しみしない人、人を助ける人、何があっても逃げない人とはチームを組みたいが、ずるい人、利己的な人、嘘をつく人、話が通じない人、つまらない人、後ろ向きな人、言われないと何もしない人、面倒な人、独善的な人、人を踏み台にするような人、イザという時逃げる人とは組みたくないのだ。
この基準は将来のリーダー候補を見つけるためにも良い基準であると言える。点数という数字で機械的に処理するよりも、数字に現れない美点をいかに見つけて正しい人を入学させるかに組織的なエネルギーを割くという点でもこの仕組みは優れている。
これらの改革が生み出したダイナミズム
この基準で選ばれた学生が集まると、非常に雰囲気の良い学校となる。さらにチームアプローチのケースメソッドでひたすら2年間トレーニングをすると、見事なリーダーシップを備えたチームプレーヤーが量産されることになるのだ。
この基準で入学してくる学生は、どんなことでもリーダーシップを発揮する人たちなので、自発的な課外活動も盛んだ。課外活動で多くの学生やスポンサーを動かす経験を通じ、リーダーシップもおのずと鍛えられる。
さて、ケロッグで培われた能力は卒業後1年でまず評価されることになる。企業の採用担当者は、毎年、採用したMBA生の現場の評価をとりまとめ、翌年の採用方針に反映させるが、その時耳にするのは「ケロッグが意外と良かったぞ。誰と組ませても上手くやって成果を上げる」という評判である。この評判が翌年のケロッグの採用枠を増やす。就職が好転すればおのずと人気も高まる。ジェイコブスの戦略が生み出した好循環である。
校風というのは不思議なものだ。学生は2年で入れ替わり、教員ですら20年もすれば大きく入れ替わるのに、校風だけは継続してゆく。ケロッグの校風が70年代以降長年一貫して変わっていないのは、「この人とチームを組みたいか?」という判断基準を持った学生による入試委員会と卒業生の面接による入試の要素が大きいと思われる。
どこまでが仕組まれたもので、どこからが意図せざる効果なのかはわからないが、非常にうまい循環であることは間違いがない。
(第4回につづく)
著者プロフィール
立命館大学 経営大学院教授
[専門分野] マーケティング戦略、マーケティングリサーチ、
エージェントベースシミュレーション
[主な経歴・業績]
国際基督教大学卒(1983)、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA(1988)、 東京工業大学大学院修了、工学博士(2009)。
1983より2011まで株式会社野村総合研究所にて経営コンサルティングに従事
業種は製薬・自動車・小売・メディア・エンタテインメント・通信・金融等と幅広く、マーケティング戦略・組織を中心にコンサルテーションを行う。とりわけテクノロジーベースのマーケティングイノベーションと新マーケティングリサーチインフラの構築が関心領域。マーケティングリサーチ・メディア・小売領域でビジネスモデル特許出願多数。社団法人日本マーケティング協会のマーケティングサイエンス研究会のコーディネーター。市場調査会社・テキストマイニングベンチャー等数社の顧問
『社内起業成長戦略』(マグロウヒル 2010 監訳)「企業内ネットワークとパフォーマンス」(博論 2009 社会情報学会博士論文奨励賞) 「エージェントシミュレーションを用いた組織構造最適化の研究 : スキーマ認識モデル」(電子情報通信学会誌 2009)「Pareto law of the Expenditure of a Person in Convenience Stores」(Physica A 2008)「電子メールログからの企業内コミュニケーション構造の抽出」(組織科学 2007) 「広告メディア激動の近未来」(知的資産創造 2007)
「技術革新と流通業の進化」(知的資産創造 2005)「日本の流通組織の生産性」(組織科学 1993)ほか。
[関連サイト]
立命館大学 経営大学院
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