ケロッグの原体験が活きている、
立命館でのMBA教育(2)
鳥山正博立命館大学 経営大学院教授
前回は、立命館での私のユニークなMBA教育法、そして、生徒が潜在能力を発揮し成果を出した感動体験についてお伝えした。今回は、個性あふれる課題研究論文の指導、そして、私のケロッグの原体験についてまとめてみたい。
何でもあり? オリジナリティあふれる課題研究論文を指導する
紹介したいもう一つの試みは課題研究論文の指導である。論文のテーマを選ぶところから、「人生の中で1年以上もかけて一つのテーマに取り組んで論文を書く機会など滅多に無いのだから、自分のプロフェッショナル人生に最も重要な問題に取り組むべし」と言っている。またその形式についてはいろんな形式が受け入れられるように教授会では論文の類型についての議論を推進して理論武装しているので、安心して本気で書くように伝える。つまり学術的な論文では学会に投稿できるものを書き、学会誌に掲載されるような論文を目指し、事業計画なら投資家や社内の投資委員会でゴーサインをもらって出資を、ビジネス書なら出版を目指す、という類型化と基準の明確化である。
その結果、私のゼミ生のテーマは各人各様で指導は大変だが、なかなか面白い、渾身の論文が勢揃いする。ちなみに今年のゼミ生のテーマは以下の通り。
「ファンの能動性を最大限に引き出す新音楽ビジネスモデル
—— 絆と時間のマーケティング ——」
「テキストマイニングによるネット上の評判の分析と効果測定手法の開発
——『ゆるキャラ』を例に ——」
「立命館大学MBAの経営管理教育
—— 中国人留学生にとって魅力的なMBA大学となるために ——」
「カラービットコードの普及戦略
—— 自動車用ガラス領域におけるデファクトスタンダードの形成 ——」
「顧客資産マネジメントの重要性
—— 国内市場で戦う製薬企業の勝ち残り戦略 ——」
「ソーシャルメディア時代のCSR
—— 情報の透明化と上手くつきあう ——」
「行動に現れる医師のMRに対する本音
—— 定量的分析と組織的インプリケーション ——」
いずれも骨太かつオリジナリティの高い意欲的な取り組みである。ここで、面白い発見があった「行動に現れる医師のMRに対する本音」の中身を紹介しよう。
医師に、自分が良く知る製薬系のMRを思い浮かべてもらい、その人について「自社製品の知識が高い」「訪問頻度が高い」「笑顔が魅力的」「接待が多い」等60問ほどの質問を投げかけた。さらに、その人が担当してから、処方を増やしたかどうかを尋ねるというアンケートを行ない、60の属性・行動を因子分析にかけ、その因子スコアで処方の増減を重回帰分析をした。結果分かったことは「知識・洞察力」「人格的誠実さ」「外見に現れる魅力」が3大因子であること、処方の増分に効いているのは「人格的誠実さ」と「外見に現れる魅力」であって「知識・洞察力」は効いていない、ということであった。
トレーニングによって誠実な人格や人間としての魅力を増すことは難しいので、そのような属性を持つ人材採用こそが重要であること、その人財が戦力になるまでに約10年、すなわち薬の開発と同じくらいかかることを考えると、長期のマーケティング戦略として、製品開発と並んで人材採用を行なえる体制が必要であるといった提言である。
ケロッグでのMBA体験を授業に活かす
さて、長々と紹介させてもらったが、ケロッグとは違うと言えば違う教育をしているのだが、実はケロッグでの経験から学んだことがたくさん埋め込まれている。まずはチームワークの重視である。マーケティング・リサーチの授業はまさにチームワークそのものである。立命館に置いてもこのようにチームで取り組む授業は多く、2年間これを繰り返すと、チームを率いて上手く課題を達成することを身につけることではケロッグと変わるところは無い。また、点数や順位を競わせる外発的動機付けより、それ自体の面白さにハマり、つい頑張ってしまう内発的動機付けを重視するのもケロッグ的ではないかと自任している。まさに内発的動機付けを引き出すための工夫を今回紹介させてもらった。「沖に連れて行って海に突き落とすアプローチ」も、多くの大学で行なわれているような各基礎科目履修後にマネジメントポリシーを履修するのではなく、始めの学期でマネジメントポリシーを履修させることで問題意識をまず掻き立てるというKellogg方式から学んだことの発展形である。
また、振り返ってみると、何より教育方法というのは工夫すべきものである、ということを筆者はケロッグから学んだ気がする。ケロッグのクラスでチェンジマネジメントのクラスがあった。その方法というのが、まず12人という混乱が起きやすいサイズのチームで、非常に曖昧なテーマで15分のビデオ番組を作らせ、1年生のクラスに見せて投票し、それが成績の半分を占めるという、まさに混乱とグループダイナミズムが発生する状況をつくる。もう一方で様々な文献を読み、読んで学んだ概念を用いて、そのグループダイナミズムを描写・分析するレポートを書くというものだった。「よくもまあこんな教育法を考えたものだ!」というのがその当時の印象だが、この原体験が今の教育法の工夫の原点である。
ケロッグ独特の学生中心で構成される入学選考委員会からも学んでいる。大学全体としては難しいのでとりあえずゼミ生の選考ではM2生にM1生を選ばせている。これによりM2の士気がぐっと上がるのもケロッグから学んだことである。自発性のパワーを活かすことも、ケロッグから学んだ。学生主催の論文発表会、Facebookを用いて自発的に集めたホームページを彩る修了生の声。こうした積み重ねが自発的に考え、皆のために動くカルチャーを作り上げる。
筆者が在学していた当時には「Think Bravely~勇気ある思考」という標語は当然存在しなかった。しかし、私の教え子がマーケティング・リサーチの授業で、A社から頼まれてもいないビジネスモデルを果敢に提言して、新組織まで作らせてしまっているのを見ると、私のKellogg DNAは本人も意識しないまま進化し、教え子に受け継がれているような気がする。
Think Bravely!
著者プロフィール
立命館大学 経営大学院教授
[専門分野] マーケティング戦略、マーケティングリサーチ、
エージェントベースシミュレーション
[主な経歴・業績]
国際基督教大学卒(1983)、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA(1988)、 東京工業大学大学院修了、工学博士(2009)。
1983より2011まで株式会社野村総合研究所にて経営コンサルティングに従事
業種は製薬・自動車・小売・メディア・エンタテインメント・通信・金融等と幅広く、マーケティング戦略・組織を中心にコンサルテーションを行う。とりわけテクノロジーベースのマーケティングイノベーションと新マーケティングリサーチインフラの構築が関心領域。マーケティングリサーチ・メディア・小売領域でビジネスモデル特許出願多数。社団法人日本マーケティング協会のマーケティングサイエンス研究会のコーディネーター。市場調査会社・テキストマイニングベンチャー等数社の顧問
『社内起業成長戦略』(マグロウヒル 2010 監訳)「企業内ネットワークとパフォーマンス」(博論 2009 社会情報学会博士論文奨励賞) 「エージェントシミュレーションを用いた組織構造最適化の研究 : スキーマ認識モデル」(電子情報通信学会誌 2009)「Pareto law of the Expenditure of a Person in Convenience Stores」(Physica A 2008)「電子メールログからの企業内コミュニケーション構造の抽出」(組織科学 2007) 「広告メディア激動の近未来」(知的資産創造 2007)
「技術革新と流通業の進化」(知的資産創造 2005)「日本の流通組織の生産性」(組織科学 1993)ほか。
[関連サイト]
立命館大学 経営大学院
http://www.ritsumei.ac.jp/mba/
ウィキペディア/鳥山正博
http://ja.wikipedia.org/wiki/鳥山正博
フェイスブック/鳥山正博
http://www.facebook.com/masahiro.toriyama