ケロッグの原体験が活きている、
立命館でのMBA教育(1)
鳥山正博立命館大学 経営大学院教授
関西、および、立命館のMBA事情
日本とりわけ関西におけるMBAは、米国の有名校におけるMBAとはかなり状況が異なっている。まず、働きながら通うのが基本である。そもそも2年間フルタイムで通えるなら、東京でもボストンでもシカゴでも行けるが、働きながらでは職場が関西なら関西の大学にしか通えない。またMBAという学位自体の社会的役割が未確立である。MBAを取得したから目に見えて給料が上がったり、就職が有利になったり、出世が早まったりはしない。その状況下でも自発的に学びたいと考える層なので、非常に向学心は高く、頑張り屋さんが多い。
人数は1学年数十人と小さく、大学を出てそのまま入って来た23歳から50代の社長まで幅広い。その中での授業は5〜15人と小規模であり、それゆえケースメソッドがそのまま成り立つ大きさでは無い。教育面での最大の違いはコースワークだけではなく、ゼミがあり卒業研究の論文を課しているところである。立命館のみならず日本では論文を課しているMBAプログラムが多いが、おそらく日本の大学人の共通認識として、学生が本気で学ぶのは論文を書く時であってコースワークだけでは十分に教育出来ない、というものがあったのではないかと思われる。立命館では必ずしも学術的な形式にこだわらず、事業計画でもビジネス書の執筆でも良いという意味あいを込めて「課題研究論文」と称している。教員は学術教員と実務家教員が居り、実務家教員の数が多いのが立命館の特長である。かくの如く同じMBAと言っても彼我の差はかなり大きいので、筆者としてはKelloggで学んだことをそのまま適用しようにも出来なかった。その中で私の試みを2つ紹介したいと思う。
海へ突き落す事で泳げるようにする授業
私のマーケティング・リサーチのクラスは「沖に連れて行って海へ突き落とすことで泳げるようにする」方式であり、まず院生に覚悟を決めてもらう事から授業が始まる。次に、会社経営等をしている修了生や在学生からネットリサーチの寄付と共に「お題」を頂戴する。3時間の授業×8週間で、調査のイロハも知らない院生に調査を設計・実施・分析・提言をさせる。そして最終回にはちゃんと報告が出来るようにするという何とも無茶なクラスである。
毎回調査仮説の立て方、調査票設計、クロス集計の練習などの結構ヘビーな宿題があり、毎回の宿題をなんとかこなすと、翌週にはリアルな調査で実践する。そして、最終回の報告時は「社長報告」がセッティングされており、否が応でも気合いが入らざるを得ない。この方法で、皆、経験がある者、ない者を問わず、短期間でメキメキと力をつけていく。
企業に貢献したマーケティング・プロジェクト、感動体験その1
具体的に素晴らしい結果を出した例を2つ紹介する。一つはスパナやソケットレンチと言った「工具」を製造する会社がクライアントであった。修了生が経営をするこの工具メーカーは、工具を主に工場向けに提供しており、相対的には少ないが消費者向けにも提供している。ブランドとしてはナンバーワンからは遠く、4位か5位くらい。そこそこ売れてはいるが、間に卸と小売りが入るので消費者が見えていないのでそこを調査をしてみたい、というのが企業のニーズであった。
趣味で何万円何十万円もする工具セットを買うユーザーなんて想像も出来ない状態から、店舗でのユーザーヒアリング調査を行い調査仮説を練ってゆく。レースが趣味の人、自動車をいじるのが趣味の人、高いバイクだから高い工具セットを買う人等ユーザープロフィールが明確になり、どんな人がブランド工具を買うのか、いつ何をきっかけに工具セットを買うのかと問題意識が形を成してくる。
結局このチームの発見は、趣味で工具セットを揃えるのはその趣味をはじめて半年以内が多く、買った時には工具メーカーの違いなど、ほとんどわかっておらず、また、一端工具セットを揃えてしまうと、その後は少しずつ買い足す程度にしか買わないということであった。このチームは初心者にターゲットを絞り、「工具入門」といったムックやDVDを出版し、販売店にも「初心者にセットをすすめる」販促キャンペーンを行なう等の施策を提言した。結果、工具メーカーに招待され、社員30名の前で報告をし、何と、即刻この提言が採用されたのである。これは教授である私にとっても感動的な体験であった。
企業に貢献したマーケティング・プロジェクト、感動体験その2
もう一つの例は立命館MBAのOBが役員をする卸A社。大メーカーの商品を、多くの中小零細の電気工事店に卸すビジネスを半世紀にわたって続けてきた。そこが太陽光発電についての事業をするというのが今回のお題であった。なかなか具体的な仮説がハッキリせず、指導する側はハラハラする中、クライアントと履修生チームが喧々諤々の議論を重ね、なんとか「エンドユーザーに対してネット上で何をすべきか」というテーマにたどり着いてスタート。
調査結果で分かったことは、ユーザーにとって最大の情報源がインターネットで、最も信頼出来るのはその中でも、メーカーサイトでなく、比較サイトやブログだということ。ましてや卸や小売りでは無いということ。そこで、このチームは公正中立の比較サイトを提言、そこで集客して電気工事店を競わせ送客する、という創業以来はじめてのビジネスモデルを提言した。鮮やかな調査結果に確信を持ったA社はあっと言う間に動きだし、何と事業準備室という組織まで立ち上げたのである。生まれてはじめて行なった調査が、大きく企業を動かしたのだ。調査実費を寄付してくれたA社が真剣に向き合ってくれたことと、履修生のチームの真剣な取り組みが、奇跡のような結果をもたらした。当然そこまでのめり込むと、マーケットリサーチスキルも相当磨かれ、いつの間にか当たり前のように「泳ぎ回わ」っており、OBと現役生チームは固い絆で結ばれている。
講義の最終回。力の入ったプレゼンテーション。発表を聞きに来たA社の社員が徐々に上気しているのが分かる。万雷の拍手。履修生チームの面々が心配そうな顔から満面の笑みへ。本人たちのみならず協力してくれた調査会社の担当者まで心の底から達成感を味わっていた。
以上、立命館での私のユニークなMBA教育法や、その結果、生徒が潜在能力を発揮し成果を出した感動体験についてお伝えした。次回は、個性あふれる課題研究論文の指導、そして、私のケロッグの原体験についてまとめてみたい。
著者プロフィール
立命館大学 経営大学院教授
[専門分野] マーケティング戦略、マーケティングリサーチ、
エージェントベースシミュレーション
[主な経歴・業績]
国際基督教大学卒(1983)、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA(1988)、 東京工業大学大学院修了、工学博士(2009)。
1983より2011まで株式会社野村総合研究所にて経営コンサルティングに従事
業種は製薬・自動車・小売・メディア・エンタテインメント・通信・金融等と幅広く、マーケティング戦略・組織を中心にコンサルテーションを行う。とりわけテクノロジーベースのマーケティングイノベーションと新マーケティングリサーチインフラの構築が関心領域。マーケティングリサーチ・メディア・小売領域でビジネスモデル特許出願多数。社団法人日本マーケティング協会のマーケティングサイエンス研究会のコーディネーター。市場調査会社・テキストマイニングベンチャー等数社の顧問
『社内起業成長戦略』(マグロウヒル 2010 監訳)「企業内ネットワークとパフォーマンス」(博論 2009 社会情報学会博士論文奨励賞) 「エージェントシミュレーションを用いた組織構造最適化の研究 : スキーマ認識モデル」(電子情報通信学会誌 2009)「Pareto law of the Expenditure of a Person in Convenience Stores」(Physica A 2008)「電子メールログからの企業内コミュニケーション構造の抽出」(組織科学 2007) 「広告メディア激動の近未来」(知的資産創造 2007)
「技術革新と流通業の進化」(知的資産創造 2005)「日本の流通組織の生産性」(組織科学 1993)ほか。
[関連サイト]
立命館大学 経営大学院
http://www.ritsumei.ac.jp/mba/
ウィキペディア/鳥山正博
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